【同人小説】『愛人3』くりこ姫・著(ミスター味っ子パロ)(えみくり)(1990年作品)
箱詰め豪華本『愛人』シリーズは1・2・3の3巻だけなのですが、その中でもわたしがいちばん人生の一冊に挙げたいのがこの『愛人3』です。初めてこの本を読んだとき、胸の中に溶岩を流し込まれた思いをしました。相手を憎んでしまうほどの愛情。情熱。執着…あらゆる激しい恋愛の要素がこの一冊につまっています。
第8章「劉大人」
劉虎峰との味勝負に勝った一馬は、その後見人である劉大人にもてなしを受ける。倒れた陽一の容態が気になる一馬だった。また、虎峰は陽一を愛していて、一馬にあてつけるように「陽一に会いに行く」と告げる。一馬は、陽一の全てを手にすることはできない、と諦めていた。それだけに、自分からすこしでも陽一を奪っていくものは許せなかった。料理人としても、「愛人」としても、虎峰に負けるつもりはなかった。
味勝負は、豪華絢爛な中華を出し続けた虎峰に、心平粥(ごま油を入れただけの塩がゆ)で勝つ、という荒唐無稽なものです
(くりこ姫様ごめんなさい)たしかにこってりしたもののあとにはあっさりしたものが食べたいけど、心平粥で勝てるか、しかし? 虎峰にライバル心を燃やしている一馬ですが、はっきり言ってそんな必要ぜんぜんない。陽一は一馬以外の恋人のことなんて男も女も超どうでもいいのです。でも、この時はまだ、一馬はそのことを知りません…。劉大人は一馬をすごーく気に入った様子で、「シャングリラ」に夕食を食べに行く、といいます。それが恐怖の始まりです。
第9章「ターニングポイント」
陽一の病室に永田社長が見舞いに来ているときに、劉大人が訪れる。永田社長が一馬の後見人だと知った大人は、永田に「一馬をいくらで売りますか」と言う。陽一は、一馬を抱きながらそのことを一馬に告げる。でも、一馬はもう陽一から離れる気はなかった。劉大人のその言葉も、なにか悪い冗談だと思っていた。
いきなりなんですが、本格的なセックスシーンが出てくるのはこの章だけです。××した、という事実が描かれている章はいくつもあるんですけどね。しかし、初めて読んだときにも強烈でした、「一馬をいくらで売りますか」。華僑の超大物であるがゆえに、人間としてどこか壊れている劉大人。「へんたいたーれん!」(アイマスの伊織ちゃんの声で叫べ!) 一馬がこっそり病室に差し入れしたジュースを飲んで、「一馬の味だ」と幸せそうにしている陽一。珍しく平和な恋愛シーンです。
第10章「嵐の夜」
永田社長の事業が一斉にトラブルを起こし、焦げ付きの額は相当なものになった。永田を心配しながら、シャングリラで毎日通ってくる劉大人をもてなす一馬。しかしある夜「君を連れていこうと思う」とあっさりと言われる。「さもないと、永田さんは首を括ることになる」と…。事業の失敗は、すべて大人の差金だった。
日本の一社長である永田さんに、華僑の大立物の全力で襲いかかる劉大人。「へんたいたーれん!」(アイマスの伊織ちゃんの声で叫べ!)一馬がショックのあまり首をぶんぶん振っていると、「そうして首を振っている君も可愛い。可愛がってあげよう」ってもう気持ち悪いなこの人は! といいつつ、あんまり嫌いでもないんですけどね、へんたいたーれん劉大人。彼だって一馬さんの天然ホモホモ引き寄せマシーンの被害者のひとりですから。
陽一の部屋には、虎峰がいた。虎峰は「お前は愛人の立場を嫌がっていた。俺がその立場をもらう。俺が愛人に…」というが、その夜の一馬は妖艶ともいえる笑みでそんな虎峰をあざ笑う。「百遍でも…二百遍でも抱かれてから、愛人といえ。俺は陽一の腕の中で千回も死んでる。俺は陽一の『愛人』や」。そして陽一と一馬は最後かもしれない夜を過ごす。一馬は、陽一に自分を覚えていて欲しかった。汗の匂いも、唾液の味も忘れさせたくなかった…。
『愛人』というタイトルがはっきりと全面に押し出されたシーンです。ずっと陽一の「何番目」かだったと思っている一馬。けれども、そんな「陽一の好きなもののひとつ」である自分に誇りを持てたのは、皮肉なことに長い別れの夜でした。このシーンにつけられたえみこ山さんの挿絵がまたすごかった。嵐で濡れた髪で、妖艶に微笑む一馬。いつものいじらしくて清楚な一馬とは思えないほどの色気と迫力。──それはそうと、ここ読むたびにいつも気になるんですけど、陽一と一馬が最後のHをしている間、部屋の外に締め出された虎峰はどうしていたんでしょう。お気の毒。荷物とか中においてたんじゃないのかな?
第11章「夢のなかだけで」
陽一の息子・陽介。一馬と無理やり肉体関係を結んでからも、彼は一馬になついていた。むしろ、一馬を抱いたことで深い愛を自覚していた。父親より、自分を好きになってほしい、と、若い頃の陽一にあまりにも似た姿と口調で、陽介は一馬にすがるのだった。
ここでプロローグ「シャングリラ」からつながります。若い頃の陽一に似すぎている陽介。(しかしあの特徴的な髪型まで似るものだろうか…)すこし拗ねた口調があまりにも似ていて…というくだりで、高山みなみさんの声が自然に浮かんできます。あるよね、すこし拗ねた口調。
劉大人は、一馬を連れていって5年で他界した。一馬に莫大な遺産をのこして。日本に戻ってきた一馬を陽一は出迎えた。シェフ長を失って無人となっていたシャングリラで、ふたりは抱き合う。陽一は「俺をまた気違いにするために帰ってきたのか」と一馬を責める。「俺はお前にくっついて疫病神みたいに不幸にしたるから」と一馬も言い返す。憎み合いながら愛しあうふたり。夢のなかだけで、ふたりは少年時代に戻って純粋に愛し合える。
陽一の印象的な台詞…「お前のそばにいるやつは、お前に何かしてやりたくて狂っちまう。死にものぐるいさ」 陽一…というかくりこ姫さんの一馬観が表れています。一馬って、かわいいのにツンツンしていて、ちょっかい出してやりたくなるんですよねー
一馬を愛するひとは、一馬のそばにいると気違いじみた愛情に溺れてしまう。たとえば中江は、そういう自分にいち早く気づいて身を引いたかしこい人です。劉大人は…一馬を愛しすぎて亡くなってしまったのではないでしょうか。──亡くなったといえば、この5年の空白の間に、永田社長は亡くなっています。一馬を自分の人質のように連れ去られ、どんなに辛い死に方をしたのか、考えただけで胸が痛みます。
第12章「終劇」
いつもの土曜日のように、昼食を食べに来る陽介を待っていた一馬のマンションに、急に陽一が訪れた。そのまま抱き合うふたり。あとから訪ねてきて、その気配に感づいてしまう陽介。一馬に「傷付いただろう、もう来るな」と言われて飛び出していく。──陽一は、一馬のベッドで夢を見ていた。少年時代から繰り返し観る夢。一馬が自分を拒絶して、川に身を投げてしまう夢…。
一馬への激しい執着が見せる、哀しくてやりきれない夢。それは、一馬に愛を告げた大阪の道頓堀川にかかる相合橋の夢。ふたりにとってはもう十数年むかしになるその場所を、ふたりともはっきりと覚えていました。
陽介は軽い捻挫をして、医大病院の特別室を占拠している。一馬に付き添い人になってほしい、と頼むずうずうしい少年に苦笑しながら、一馬は陽一の秘書で陽介の面倒も見ている広中を探す。その広中は、一馬に、陽一の病状を記した一枚のカルテを見せる。
サブタイトル通り、「終劇」です。陽介にいつものように愛を告げられながらも、それに答えることはできない…一生、と漠然と思った一馬。その予感を裏付けるように、陽一と一馬、ふたりの恋愛劇も終着駅を迎えます。
第13章「アンチクライマックス~エピローグ」
陽一はもって半年の死病に侵されていた。一馬は陽一の元へ急ぐ。陽一は「ようやく俺から逃げてしまえる日が来たよ」と微笑む。動かない一馬の首を絞めようとする陽一。そして一馬を抱きしめ「なぜ逃げない、お前はいつも俺を嫌って…」と言う陽一に「嫌うてへん!」と答える一馬。互いに、互いを疎んじているだろうと思い込み、憎み合ってきたふたり。でも、タイムリミットが迫って、ようやくふたりは本当に愛し合っていたことに気づく。
とにかく陽一の台詞が長いです。いえ、死ぬほど感動した章にこういう事を言ってはなんですけどね
陽一の長い長い述懐が、叩きつけるようで、激しくて、初めて読んだときには胸が痛いほど苦しくなりました。15歳の時に一馬を手に入れて、それっきり気が狂ってしまうほどの愛情に取り憑かれた陽一。完全な幸福は最初の一日だけ。あとは一馬を失うことが怖くて、ずっと恐怖していた。中江の元へ一馬が逃げていった、その時間への嫉妬。この先、病気が陽一を殺すまで、きっと聞くことのできない「中江は一馬を抱いたのか」ということ。
ふたりは、残り少ない時間を「やり直そう」と決める。陽一が料理を辞めてしまったのは、一馬とのつながりをすこしでも断ち切るためだった。「また包丁、握ってくれるか?」と訊く一馬に、陽一はなんども首を縦に振る。「俺だけ置いて行かんといて」。そしてふたりは街から消えた。
一馬ひとりに溺れるのが怖くて、他のひとも愛そうとして、実の子すらも愛せなかった陽一。正直、この愛は健全なものじゃないです。病気めいています。それでも、最後に陽一の、そして一馬の生存理由(レーゾンデートル)であったはずの料理を取り戻したのは、健全なことだったと思います。この最後のシーンを読み終わって、エピローグのページの扉に描かれた少年時代のふたりが肩を組んでいる後ろ姿の挿絵を見たときには、ボロボロ涙が零れました。
エピローグ。陽一が亡くなった、という葉書が陽介のもとに届き、陽介は3代目の味皇としての修行を重ねていくことになる。陽介は広中に一馬を探すように頼むが、広中は「もう一馬さまはこの街へは帰ってこない」という。ふたりはシャングリラ(理想郷)を見つけたのだろうか。そして、陽介がそれを知る日は来るのだろうか。
一馬が陽一を失ってひっそりと生きていったのか、あとを追ったのかは読者の想像に任せる、とくりこ姫さんは書かれていました。どちらもアリのような気がします。なんにせよ、陽一が亡くなった、という葉書を出せたということは心中はしなかったみたいですね。それはともかく! 味皇、世襲制かよ、と
陽介も一応黄金の舌の持ち主だけど料理はさっぱりだし、味皇料理会に他に逸材はいっぱいいるだろうに…。
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総括です。この恋愛物語を読むたびに思い出すのが『ぼくを探しに』『ビッグ・オーとの出会い』という2部作の絵本です。パックマンみたいな形をした「ぼく」が、その隙間を埋めてくれる欠片を探しにころころ転がっていって…とうとうぴったりの欠片とめぐり合うのですが、欠片とつながり合って転がるとスピードが速すぎて、周りの景色も見えなくなって…「ぼく」は欠片をそっと地面において、またどこかへ転がっていってしまう、というお話。これで例えると、『愛人』の陽一と一馬はがっちりとはまりあった欠片同士で、そりゃもうものスゴイスピードで転がって、そのまま崖下に転落していったような…
まだ人格形成も出来ていないころに運命の相手とめぐり合って、周りなんか全く見えないで人生を走り抜けちゃった感じですね。
ところで気になるのは、この話の中ですごい人数が死んでいることです。えーと、村田源二郎、劉大人、永田社長、みつ子、味吉法子さん、そして陽一。村上春樹さんの小説の批判みたいな言い方ですけど、この小説は死に溢れている! というか、これだけの人数が死なないと収まりがつかないくらいふたりの恋愛は激しかった。人迷惑だった、ということでしょう。
わたしがこの小説を生涯の一冊に掲げているのは、これが「執着」の物語だからです。「愛」の物語だったら、こんなに激しい感動は覚えなかったでしょう。苦しいくらいひとりの相手に執着して、離れられなくて、憎んで嫉妬して…それも互いに。それは、一般的でおおらかな愛よりも、ずっと奇跡に近いものにわたしには思えるのです。命を賭ける意味のないものに命を賭けて、人生を失ってしまう物語がわたしは好きなんです。有名な小説でいうと…『グレート・ギャツビー』とか? 最後に、小説内の陽一の台詞を引用します。「俺が、何でも持ってるって? なーんにもない。空っぽさ、俺は」
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